抒情歌

2017年に設立した同人サークル抒情歌のブログです。主に文学フリマで『グラティア』という文芸同人誌を頒布しています。

ヒップホップ音楽 - PHARAOH『ДИКО, НАПРИМЕР』

文=榊原けい

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 以前の記事

「検索ボックスに「ロシア ヒップホップ」や「russian hiphop」などと打ち込んで色々な曲を聴いてみました。
 とりあえず、聴いたものの中でいいなと思ったものをごく簡単に、何回かに分けて紹介していこうと思います。」

 と書きましたので、その続きです。

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 今回ご紹介するのは、モスクワを拠点に活動するDead Dynastyというクルーのラッパー、PHARAOHです。

 PHARAOHは1996年モスクワ生まれの二十二歳。特に若い人たちから人気を得ています。

 影響を受けたラッパーとしてSnoop DogやEminem50 cent などを挙げているほか、クラウド・ラップ(ASAP Rockyなどがその好例として知られています)というスタイルをロシアのシーンに持ち込もうとした人物としても知られているようです。

 

 PHARAOHのプロフィール等の情報は他サイトの紹介が詳しいので、よく知りたい方のために以下と記事の最後にリンクを貼ります。

avyss-magazine.com

 

 今回取り上げる『ДИКО, НАПРИМЕР』という曲は、スネア音の連続する不気味なトラップ調に奥行きのある音を重ねたトラック、若者の放蕩のような光景を描いたビデオ、押し殺した低い声のラップによって、狂気と人工的な落ち着き、そして不穏な陰鬱さを印象させる魅力的な曲です。 

 トラップ調のトラックにドラッグや性関係の事柄についてのラップを載せるスタイルはいまどきの若いラップスターらしい傾向ですが、PHARAOHの独自性はもう少し細かいところにあります。

 その独自性の説明に入る前に、そもそもトラップってなんだ?という方もいるかと思われますので、簡単な説明と代表例を上げて把握しやすくしてみます。

 

 トラップとは、元はヒップホップ音楽の一ジャンルで、非常にざっくり言うと、重低音を強調したビートに特有の連続したスネアの音などが入っているようなものを指します。
 細かい定義や歴史は本題から逸れるので深堀せず、ここでは言及しません。

 イメージしやすいように例を挙げると、
アメリカではKendrick LamarやFutureなど、
日本ではKOHHなどがトラップにおいて代表的と言われています。

 

Kendrick Lamar - HUMBLE. - YouTube

 

 ざっくりしたイメージとマップが出来たところで、本題のPHARAOHの特異性に戻ります。

 『ДИКО, НАПРИМЕР』などに見られるように、彼のラップおよびMVには、奥行きのある音が響くトラック、針葉樹林の深い森や猟犬を映したビデオ、押し殺した低い声のラップといった特色があります。

 こうした特色は、不気味なトラックとスキャットやダンスによって不良やヤク中の不気味さを表現するようなある種の典型的なトラップとは一味違います。
 抑制を効かせた表現を織り交ぜることで狂気と人工的な落ち着き、不穏な陰鬱さを演出する、という独自のスタイルを築いているラッパーと言えるかと思います。

 

 

 ここから少し派生して、MVの風景から楽しむヒップホップについて少し書こうかと思います。

 画像や映像の技術がひろく浸透して、映画やゲームの中で見た「初めて来たはずなのに見覚えのある景色」と出会うことが珍しくなってきた現代は、見方を変えれば「自分から好きな年代・好きな町のデータを探せるようになった時代」とも言えるでしょう。

 古い日本映画などを見たときなどに、半世紀前の東京の景色にハッとすることなどがあります。

 それは、今はない街並みや風景が在ったことの証(としての記録や作品)が、なんというか、壮大なものだと認識する瞬間です。

 

 ヒップホップ音楽のミュージックビデオの流れの一つに(特にストリートやギャングスタのラッパーと言われるような人たちの流れとして)、自分たちのリアルの風景を背にラップするというものがあります。

 これは曲のプロモーションとして自分たちのノリや楽しみ方を発信すると同時に、自分たちのフッド(地元、活動拠点)を記録し発信する、という姿勢だと私は思います。

 わかりやすい例の一つが、宅地の劣化によって廃屋化・犯罪率の上昇などが進んでいた町ブロンクス区出身のラッパーKRS-ONEなどです。

 KRS-ONEのMVには、ブロンクス区のストリートの一風景を映しているものがいくつもあります。

 

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 ブロンクス区は第一次世界大戦後に宅地開発ブームが進み住居が増えたものの、犯罪率の高さから人々が流出し、1970~80年代には建物の劣化した貧民街となっていたことで有名な町です。(こうした土地からヒップホップカルチャーが始まったと言われています。このことについては本題から少しずれるので割愛しますが、現在では再開発が進み、住宅地区として回復してきているそうです。)

 当時の映像は資料としては残っていますが、そこに住んでいた人たちのノリが部分的にでもよく現れているのだろうなと思いながらMVを見ると、見ごたえが変わってきます。

 

 今回の記事で紹介しているPHARAOHはストリート育ちというわけではないので、MVにフッドのノリを見出すことは難しいかもしれませんが、針葉樹の深い森を通る一本道を高級車が進んでゆくカットなど、風土を感じられる部分はいくつもあり、そういった部分がどことなく曲の寒冷地的なノリの表現に一味加えているようにも思われます。

 

 クルーやクラブがInstagramYouTubeのアカウントから写真や動画を発信することも決して稀ではない現在、「景色やノリの記録を見る」という意味でも、国名とジャンルを検索フォームに打ち込んでビデオを比較してみるというのもヒップホップ音楽の楽しみ方の一つなのかもしれません。ブロンクス区のMV、東京下町のMV、ネオン街のMV、ロシアのMVといった風に。

 

MSC / 新宿2015 - YouTube

 

 

 ごく簡単な紹介をさせていただきましたが、最後にPHARAOHのほかの曲や詳しい情報のあるサイト・ブログへのリンクを貼って今回はおわりとしたいと思います。

  ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

 

 

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