抒情歌

2017年に設立した同人サークル抒情歌のブログです。主に文学フリマで『グラティア』という文芸同人誌を頒布しています。

Web漫画 - 『はるこ少女期』

文=竹宮猿麿

 

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はるこ少女期

 

【なぜWeb漫画について書こうと思ったか】

Web漫画のなかには漫画雑誌に掲載されているプロの漫画に劣らず面白い作品があるにもかかわらず、それらはネット社会のなかでもなぜかあまり知られていません。

その理由のひとつは「色々たくさんありすぎるから」だと筆者は考えています。Web漫画の多くは良くも悪くもアマチュアの漫画家が自由に描いたものであるため、それぞれ質も内容もひどくバラバラです。となると読者の立場からすれば、自分の満足できそうな漫画に辿り着くまでには面倒なリサーチ作業が必ずあることになります。面倒くさいことを人間がわざわざしたがる道理はありませんので、Web漫画界の混沌とした状況が面白いWeb漫画作品の知名度向上を妨げているのは想像にかたくありません。

だからこそ、Web漫画作品は読者たちによって継続的に宣伝されていく必要がありますし、そうした名目をだしに昔(もしくは最近)読んだWeb漫画をブログ内で好き勝手に語ってみたいと思った次第です。

 

【『はるこ少女期』とは】

『はるこ少女期』は自作漫画・小説のコミュニティサイト新都社で2012年から2年ほど掲載されていた漫画です。作者は(当時の名前は確か)ichiさんという方で、現在は別の名前でツイッターをなされているようです。

一億年惑星 (@sleepfool) | Twitter

 

作品の大筋は、1997年の夏に引きこもりの青年「鳴子」が可愛い幼女「はな」と家族になり、徐々に社会復帰しようともがいていく話です。どこかアニマルセラピーを思わせる構図ですが、母性溢れる幼女に引きこもりの男がひたすら癒やされるという風ではなく、どちらかといえば鳴子が周りの力を借りて自身のトラウマを克服していく「アダルトチルドレン回復譚」なのだと言えます。

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別の言い方をすれば「母親(と不良)によってまともな少年期を送れなかった青年が「男の子」として再起していく話」であり、さらには他サイトでも指摘されているように鳴子とはなのラブコメでもあります。そのため、『はるこ少女期』はトラウマ克服譚とボーイ・ミーツ・ガールの物語構造が合わさった作品だと言えるのかもしれません。その点では古典的な青春物でありながら妙に現代的な面があり、九十年代やゼロ年代に色濃く見られた「男の成熟の難しさ」が現れているかのようです。鳴子の悪戦苦闘に、ジェンダー・ロールを負うことでしか前進を実感できない社会的な〈性〉の大変さが反映されているのは否めません。

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この作品のポイントとなるのは「家族」であり、物語は全体的には主人公の鳴子が自分の家族を再形成していく過程として進みます。別の角度から見れば、鳴子を中心に回復していく家族(一族)の物語でもあるでしょう。その点では群像劇としての側面もあり、『はるこ少女期』というタイトルからは想像できないサブ・ストーリーが物語の後半から徐々に展開されます。

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そのような「崩壊した家族の回復」というモチーフは現代社会におけるコミュニティの崩壊と同期したものであり、「男の子」の回復と「家族」の回復はおおよそでは秩序の再構築を志向しているように思われます。こうした動きは近年の現実世界においては、たとえばアメリカで「極右」のドナルド・トランプが大統領になった出来事に象徴されるものであり、そのドナルド・トランプの選挙スローガンは「Make America Great Again(米国をもう一度偉大に)」でした。現実の政治思想のことはともかく、秩序を再構築する志向とは失われた過去、失われた可能性の回復を求める志向なのであり、『はるこ少女期』の登場人物たちもまた、自分たちの失ったものをなんとか取り返そうと頑張ります。そのため、この物語において人々はなにかを新たに獲得するのではなく、取り戻し、本来ありえたはずだった幸福を再生させることになるのです。こうした点こそが従来の成長譚やボーイ・ミーツ・ガール物から『はるこ少女期』を微妙に区別させるポイントなのであり、作品の現在性なのだと思います。

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Make America Great Again」