抒情歌

2017年に設立した同人サークル抒情歌のブログです。主に文学フリマで『グラティア』という文芸同人誌を頒布しています。

ロック音楽 - NICO『Chelsea Girl』

文=秋津燈太郎

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あなたの腕のなかに横たわっているとき、あなたはときおりわたしに尋ねる。歴史上のどんな瞬間に生きていたかったかと。コレットが死んだ週のパリ、とわたしは答える。一九五四年八月三日のパリ。数日後には国葬が営まれ、墓のかたわらに一千本の百合が飾られる。わたしはそこにいたかった。濡れた菩提樹の並木道を歩いて、彼女が住んでいたパレ=ロワイヤルの二階の部屋の下に立ちたかった。彼女のような人々の生涯を思うと、わたしは胸がいっぱいになる。 

上記はマイケル・オンダーチェ『ディビザデロ通り』からの引用である。語り手がガブリエル・コレットの何に惹かれているのかは不明であるにせよ、かなしみや好意にあわれみ、あるいは憎悪や愛情などといった明晰な言葉で言い表せられないような感情を持たせる人間……、それこそ「胸がいっぱいになる 」としか言えないような心の充溢を促す人々は確かにいる。それはきわめて主観的な感覚なので、思うだけで「胸がいっぱいになる」ような存在はひとそれぞれだろう。

私にとってのそんな存在をいくつか挙げるとすれば、たとえば、世界の諸力に心身ともに傷つけられたひとびとを描き、本人もまた第二次大戦で精神を毀されかけたという作家のJ・D・サリンジャー

その他いろいろ、たくさん、たくさんだ。

芸術家のアンディ・ウォーホルの紹介でボーカルとして加入したヴェルヴェット・アンダーグラウンドを(おそらく不仲が原因で)すぐに脱退し、その後はウォーホルのプロデュースでソロアルバムを発表したり、女優として映画に出演したりするも、1988年に自転車の転倒事故で亡くなったニコもそのひとりである。

 

 

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彼女のどこに惹かれるのかと考えてみると、普段の行動から歌唱などの表現にいたるまで、徹底した空虚さを感じるからと言えるかもしれない。彼女の歌がうまいかどうかは門外漢ゆえに知らないが、視聴者を圧倒するような力強い声にはどこかそらぞらしい雰囲気も漂っている。

 

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それに、幼いときから彼女は嘘つきだったらしく、幼少期はかわいらしい嘘を「お話」として大人たちに吹聴し、成人してからも生年月日や収入や恋愛遍歴などを誤魔化すのは日常茶飯事だったとのこと。

 

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最後に、私がもっとも好きな彼女のエピソードをひとつ。

ヴェルヴェット・アンダーグラウンドのリーダーだったルー・リードは、当時ヴェルヴェットに所属していたニコから言われた「わたしがあなたの鏡になってあげる」というひとことをきっかけに「I'll be your mirror」を作詞したらしい。当時のふたりは恋仲にあったとも噂されているが、その言葉はお得意の嘘なのか、あるいは安易に覗かせない本心だったのか、それは神のみぞ知るのだろう。

 

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