抒情歌

2017年に設立した同人サークル抒情歌のブログです。主に文学フリマで『グラティア』という文芸同人誌を頒布しています。

クラシック音楽 - グレン・グールド『モーツァルト:ピアノソナタ第八番 イ短調 K. 310(第一楽章)』

文=竹宮猿麿

 

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最近はグレン・グールドが演奏するモーツァルトを聴きました。筆者は専門的な音楽教育を受けておらず、クラシック音楽についてはほとんど知識がありませんが、なぜか昔からグレン・グールドの演奏するものだけは気に入っていて、時おり聴いています。

グレン・グールドはカナダ出身のピアニストで、1932年に生まれて1982年に死んでしまいました。変人として知られており、真夏にもコートを着てハンチングをかぶる、父親に作ってもらった異様に低い折りたたみ椅子に座って極端な猫背の姿勢で演奏する、ハミングしながら演奏してしまう癖のせいでレコードに「ノイズ」がよく録音されてしまうなど、兎に角エピソードには事欠かないタイプの方でした。アスペルガー症候群だったのではないかという説もあり、愛読書は夏目漱石の『草枕』だったそうです。

素人判断ではありますが、彼の演奏は軽やかで速く、どこか雑です。しかしその雑さはアマチュアの下手な雑さではなく、手慣れた指のはじき出す音の揺らめきというようなもの、正確で優等生的な演奏よりもずっと人間味に富んだ、やさしい響きを持ったもののように感じます。

彼がよく演奏していたのはバッハでした。バッハといえば重々しいイメージがある人が多いように思いますが、それもグールドにかかれば軽やかになり、仄かに明るい色合いを帯びます。かの有名な『ゴールドベルク変奏曲』も例外ではありません。

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バッハの演奏家といえば、二番目の奥さんが日本人だったフリードリヒ・グルダが二十世紀では代表的と言われています。彼の音は質量感のあるもの、ひとつひとつに重みのあるもので、さすが「ウィーン最後のピアニスト」と呼ばれた人物だけはあるように思います。バッハを聴くとなれば、誠実な解釈を行っているだろう彼の方がよいのかもしれません。

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それでも筆者が聴いてしまうのは、おおよその場合はやはりグールドの方です。なぜなのかは明確には分かりませんが、彼の軽やかで仄明るい音色に、時おり、切なさのようなものを感じるときがあるのが、一応の理由として挙げられるのかもしれません。元気で健康的な雰囲気すらある『イギリス組曲』の演奏のなかに、かつて、悲しみのようなものを感知してしまったことがありました。所詮は無学な人間の誤解に過ぎず、グールドの方としましても、単に弾きたいように弾いていただけのことなのかもしれません。それでもなお、そこには切なさや悲しみとしか言いようのないものがあるように思えてならなかったのでした。

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そういうわけで、久しぶりにグールドを聴いていたのですが、かつて演奏のなかに感じた、誰のものなのか分からない悲しみを、疾走するように突き進んでいく『ピアノソナタ第八番』第一楽章の演奏のうちに再確認し、不明瞭な懐かしさを覚えました。このように甘やかな誤解を呼び起こすところに、グールドの人気の秘密があったのかもしれません。

 

最後に、個人的に気に入っているグールドの演奏動画を上げて終わります。カメラの前でもいつもどおりマイペースに弾いているグールドのやわらかい演奏と、かつて神童と呼ばれたユーディ・メニューインの格好良くシリアスな演奏が対比的で面白いです。

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