月より
人はいさ 心も知らず ふるさとは 花ぞ昔の 香ににほひける
文芸同人サークル「抒情歌」が発行している『グラティア』の第一集は、評論、随筆、小説とジャンルの違う3作品を収録した同人誌だ。
各作品をひもとき読み比べてみると、それぞれジャンルも違えば文章を編み上げる手つきも異なっているのだが、その内部にはある種の一致がある。
一致というのはまれなことで、アブ・シンベル神殿やチチェン・イツァの遺跡などの古代文明の建築に天文的な一致が取り入れられているように、日の光や影の一致は、古くから特別な意味を見出されてきたように思われる。現代においても、日食などは人々をひきつけるように見受けられる。
僕らがいくら手を取り合っても、抱きしめ合っても、一つに溶け合うことができないのと同じように、現実には、複数のものが同時に同じ座標を占めることはできないのだけど、影が溶け合うように、意味の次元でなら別々の存在も重なり合うことがあるように思われる。
誌の看板でもある表紙は、カニエ・ウエストのアルバム『My Beautiful Dark Twisted Fantasy』のジャケットを元ネタにしたもので、単色の背景に江戸時代の画家である狩野尚信の『猿猴図屏風』をトリミング・加工して貼り付けたつくりになっている。
海外の作品をオマージュしつつ、自国の別時代の作品を現代の技術をもちいて加工・編集して作られたこの表紙は、国や時代を問わずに作品をたずねて学び、現代の技法をもちいて一つの作品をものすという「抒情歌」執筆陣の制作の姿勢に共通する点が暗に表れているとも読める。(内部の人間が偶然の一致のように語ると作り話のように聞こえるかもしれないが、偶然なのだ)
そもそも「抒情歌」というサークル名は川端康成の同名の短篇小説から、誌名の『グラティア』は、ラテン語で恩寵を意味する言葉だが、こちらはフランスの思想家シモーヌ・ヴェイユの死後に編纂されたカイエ集『重力と恩寵』から拝借してつけられた名前だ。
この命名にどんな願いが託されているのかは、それぞれの作品を読んで想像していただきたいのでわざわざ書き起こすことはしないけれど、時代や国境のべつなく良作の影響に浴する姿勢はこうした部分にもあらわれていると言えるだろう。
こうした一致がありながら、最初に述べたとおり、作品のありかたはそれぞれに異なっていて、各人のひととなりも同様に異なっているし、目指す方向も違っている。
だからこそ僕はメンバーの二人にあこがれてもいるし、人柄も好いている。
僕らは似た者同士であるのと同じぐらい違っている者同士で、同じ星を目印にそれぞれの目的地に向かう旅人のように、同じ歌をうたいながら別々の作物を育てる農夫のように、やっていくことになるのだと思う。
そういうわけだから、次回の『グラティア』の予告をもってこの散文の結びとしたい。
『グラティア』の第二集は、「現在の芸術から現在を測る」をテーマに据え、エリザベス・ペイトンやカニエ・ウエストといった現代のアーティストを扱う評論、随筆を収録することを予定しており、2017年11月の文学フリマ東京に向けてげんざい鋭意制作中です。
また、当ブログにおいても「抒情歌」執筆陣の作品を公開していく予定ですので、諸々ふくめ、どうぞよろしくお願いいたします。
文=榊原けい